それ、うまいのか?

... 記憶の残滓

A Girl without Her Head

「紅茶を入れたんだ。飲むだろう?」

ノックの返事を待たずにドアを開けると、友人はベッドの上であおむけになり頭の後ろで手を組んで天井をぼんやりと見つめていた。
ぼおっとしているようだが、こういうときの彼は何かを真剣に考えているというときだということを僕は知っている。

「じゃましたかな?」
「いや、ちょうど飲みたいと思っていたところだよ。ありがたくいただかせてもらおう」

すっと体を起こした彼はお盆の上に乗っているプリントには気が付かないふりをして淹れたての紅茶に手をのばす。気が付いていないわけはないはずだが、僕から切り出したものかどうか考えていると彼の方から口火を切ってくれた。

「これを読んでもらいたい、ということかな」
「考え事を中断させて悪いけど、ちょっと見てもらえるだろうか」

あるネットのたあいもない書込みに過ぎないのだと思うのだけれど、どうしても彼の意見を聞いてみたい。何分もかけて読むような長さの文章ではないが、彼が口を開くまで20分も待ったような気がした。

「どうということはないネットの書き込みだと思うけれども、君が気にしているのはあの首なし死体の事件のことだね」
「考え過ぎだとは思うけれども……」
「確かに、死体の状況を考えると普通の殺人事件とは思えないという気はするが、誰かの依頼でもあったのかい?」
「いや、そういうわけではないのだけれども……」
「一応、探偵は趣味にしているとはいえ、依頼が無いのであれば警察の事案に首を突っ込むつもりはないよ」

いつもの彼の態度ではあるが、どこから話をしたものか。

「そういえば、二週間くらい前にも同じような事件があったのだったか。死体は首が切断された状態で、まだ首は見つかっていない。切断面は外科医も舌を巻くほどきれいに切り取られているとか」
「ああ」
「二日前の事件と共通するところは多いとはいえ、まだ同一犯の犯行だと特定できるだけの条件はそろっているとは言えないと思うが」
「他にも不思議なことが……」
「ああ、聞いている。死体が置かれていたのが密室状態にあったということだね」
「とても人間業とは」

見てもいないはずの現場の状況が頭の中で再現される。
ひきつった少女の顔。
恐怖のあまり声も出せずに逃げ惑い、自ら袋小路の方へサイコキラーを導いてゆく。
少女の白く細い首にかかる二本の手。
血の気を失うほど強く首を絞める手は、少女の首の白さと勝るとも劣らず……

「2回目は千歳町の辺りだったか。そういえば一昨日は、君はその辺りで取材とか言っていたかな」
「……」

そうだ、二週間前に首がない少女の死体が見つかったときもぼくは取材と称した散歩を行っていたのだ。
首がない少女の死体が発見されたのはあくる日のことだ。
彼は僕の感受性が強すぎるのだと言っていたが、現実と自分の意識のつながりがぼんやりとしてくる経験をしたことは何度かある。
脳科学者の彼は言う。
現実というのは脳が外部の刺激を解釈した結果に過ぎない。
また、人間ができることというのは脳が肉体に制限をかけているからだと考えられないだろうか。
火事場のくそ力という表現は、ある意味正しく現象を説明している言葉ではないか。

少女の首を絞めた男の顔は視界に入っていただろうか。
少女の首に伸びる二本の手は、視界の両端から彼女の首へと延びていたのではなかったか。
部屋の壁と天井の境目が歪み始め、地についているはずの両足が重力の方向を捕らえられない。
少女が押し込まれたトイレの鏡に映っていた返り血を浴びた男の顔は、自分のものではなかったか……



「もしくは、トイレだな」
「――」
「女子トイレのマークだよ、石岡君。真っ赤で首と胴体が離れている女性。しかも街のあちこちにあるんだろう」

地面に足がついている感覚が急に戻ってきたと同時に、彼のいたずらっぽい顔が目に入ってくる。

「そりゃあ、君の家系はご不浄に詳しいのかもしれないだろうさ」

という負け惜しみにもならない言葉も彼の耳に届いたのかどうかは定かではないが、彼が僕をからかっていたのだということは十分に理解できた。


(了)





このクイズの回答です。

いろいろと頭の中でぐるぐるしてた割りには、たいして怖くない (´・ω・`)